大阪高等裁判所 昭和48年(行コ)33号 判決 1976年1月29日
兵庫県伊丹市南本町五丁目一七番地
控訴人
大宝電化工業株式会社
右代表者代表取締役
作野寛美
右訴訟代理人弁護士
野村清美
右訴訟復代理人弁護士
安保晃孝
兵庫県伊丹市溝口七三番地
被控訴人
伊丹税務署長
佐式公明
右指定代理人
岡準三
中川平洋
吉沢保
岩橋益夫
池田健二
水口由光
高田安三
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
(控訴人の申立)
原判決を取消す。
被控訴人が昭和四二年一二月一九日付でなした控訴人の同年四月分源泉徴収にかかる所得税の納税告知処分および不納付加算の賦課決定処分を取消す。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(被控訴人の申立)
主文同旨の判決。
二 当事者双方の主張ならびに証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示(ただし、原判決六枚目表三行目の「同四二年四月七日」とあるを「同四二年四月四日」と訂正する)のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
(一) 被控訴人は控訴人に対し、昭和四二年一二月一九日付で
1. 控訴人の自昭和四二年四月一日至同年同月八日事業年度分の法人税決定処分ならびに無申告加算税及び重加算税の賦課決定処分
2. 控訴人の同事業年度分の青色申告承認取消処分
3. 控訴人の昭和四二年四月分源泉徴収にかかる所得税の納税告知処分および不納付加算の賦課決定処分
をなしたので、控訴人は右各処分の取消を請求して本訴を提起したが、被控訴人において、昭和四九年七月二五日付で右1.2.の両処分を取消したので、同処分の取消を求める訴を取下げた。
ところが、被控訴人は右3.の処分(以下単に本件処分という)を維持するが、右処分は控訴人に対する青色申告承認取消処分の取消によりその効力を失ったというべきである。すなわち、本件処分は青色申告の承認が取消された白色申告法人たる控訴人に対する処分であったところ、右の青色申告承認取消処分が取消されたことにより、控訴人は青色申告法人となったのである。そして青色申告法人に対してはその備付帳簿の記載に基づいて課税額を算定すべきであり、これに反する推計による賦課、更正処分が許されない。
よって、控訴人は被控訴人の青色申告承認取消処分の取消を理由に、本件処分の取消を求める。
(二) 訴外田中喜一が取得した二、〇〇〇万円は同人所有の株式一万株を訴外沢春蔵に譲渡した代金である。すなわち
イ、訴外田中は昭和三六年九月控訴会社の代表者川井順富から営業資金五〇〇万円の貸与を頼まれて応じ、更に同三八年七月ころ金員の貸与を懇請してきたので、金員を出資して自己において同社を経営しようと考えたことが契機となって同社の株式を取得することになった。当時の同社の払込済株式総数は一万株であり、その株主は川井、中村外一〇余人であった。
訴外田中は同月一〇日ころ川井、中村外数名が所有していた六、〇〇〇株を額面金額三〇〇万円で買取り、引続き同年一〇月ころまでの間に約九、〇〇〇株の株式を譲受けて株主となった。そこで、訴外田中は控訴会社の経営にあたり、その業績の向上に努力してその実を挙げていたところ、昭和四〇年九月ころ訴外伊藤武雄から控訴会社譲渡の話があり、当初これを断わったが、同人が更に二、四〇〇万円の金額を明示して沢春蔵に譲渡するよう強く要望したのでこれに応ずる旨答えた。その際、伊藤武雄から控訴会社の株式全株を揃えるよう申出があり、訴外田中は残約一割の株式を取得し、控訴会社の発行済株式一万株、額面金額五〇〇万円の全株式の株主となった。
訴外田中は昭和四一年一二月二〇日沢春蔵に対し控訴会社の株式一万株を代金二、四〇〇万円で譲渡し、同日右株券と代表取締役たる取締役辞任届、控訴会社の印鑑などを沢春蔵に引渡し、同日内金一、〇〇〇万円を、昭和四二年三月二〇日残代金一、四〇〇万円をそれぞれ同人から受領した。
ロ、右代金は、訴外田中と沢春蔵との個人間で授受せられている。
内金一、〇〇〇万円は昭和四一年一二月二〇日三菱銀行大阪西支店長振出しの保証小切手で沢春蔵から訴外田中に支払われ、残金は昭和四二年三月二〇日現金で同様に支払われた。
ハ、右のように訴外田中は株式を譲渡したので昭和四二年度の所得税の確定申告に際し、その譲渡所得を申告した。
ニ、被控訴人は訴外田中が取得した二、〇〇〇万円は営業譲渡代金であると主張するが、控訴会社明星が兵庫日本交通株式会社(以下兵庫日本交通という)に引渡した資産と負債の差額は七万一、一六一円の負債超過であり、控訴会社の資産と負債を承継するとともにその事業を引継ぐ兵庫日本交通としては控訴会社に多額の金銭を支払うべき事由が存しない。したがって、右金員は株式の譲渡代金である。
ホ、控訴会社明星と兵庫日本交通間の資産、負債をともにする営業譲渡は昭和四二年四月四日大阪陸運局長の許可があり、控訴会社明星は解散している。一方、訴外田中の株式譲渡は昭和四一年一二月二〇日になされ、沢春蔵は株主権を行使して営業譲渡、解散決議等の手続を行なっているのである。
(被控訴人の主張)
(一) 被控訴人が控訴人主張の各処分を取消したことは認める。しかし、源泉所得税の納税告知処分の根拠法律は所得税法であり、一方、法人税の更正処分等の根拠法律は法人税法である。したがって、両処分はその根拠となるべき法律が異なる別個の処分であるから、法人税法はよる青色申告承認取消処分が違法として取消されても、別個の処分である納税告知処分に影響を及ぼすものではない。
また、被控訴人が右各処分を取消したのは、処分通知書記載の理由が不十分であると自ら認めてなしたものであり、右各処分の所得金額等の算定に違法があったためではない。したがって、本件においては法人税法一二七条一項三号の「帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装して記載した」事実そのものは依然として存在するものであって、本件処分は決定処分等の取消により、なんら影響をうけるものではない。
(二) タクシー業経営に関して、ナンバー権と称する営業権が存することは同業界としては周知の事実であり、控訴会社明星に二一台分に相当する営業権(ナンバー権)が存在していたことも明らかである。そして兵庫日本交通は右営業権と営業上の積極消極財産を控訴会社から買取り、その対価を同社に支払ったものである。
(三) 訴外田中喜一が株式譲渡につき申告をしたことは本人の恣意による申告であり、営業権譲渡の事実を隠ぺいする目的でなされたものであって、控訴人の主張を理由づけるものではない。
(四) 控訴会社は、昭和四二年四月八日の株主総会において解散決議がなされ、清算人に訴外田中が就任し登記されている事実、同年五月八日解散した法人の継続登記がなされ、代表取締役に訴外田中が就任登記されている事実、また同年五月一〇日ならびに同年六月二〇日の二回にわたり商号変更されている事実、右各株主総会における議長に訴外田中が就任している事実よりすると、訴外田中は控訴会社の株主としての地位を維持していることが明らかであり、右株式を譲渡したとする控訴人の主張はこの点からも失当である。
(証拠関係)
控訴人は当審における証人田中喜一の証言を援用した。
理由
当裁判所も控訴人の本件処分の取消を求める請求は理由がないものと認め、失当として棄却すべきものと判断するものであり、その理由は、次に付加訂正するほか、原判決理由一、二項(原判決七枚目表三行目から八枚裏八行目まで)のとおりであるのでここにこれを引用する。
一 原判決七枚目裏三行目に「原告明星のタクシー営業用の土地」とあるを「原告明星のタクシー営業権ならびに営業用の「土地」と、同八枚目表三行目に「その実質は営業上の積極」とあるを「その実質はタクシー営業権ならびに営業上の積極」と、同一一行目に「会社が返済すべき」とあるを「会社が控訴会社に代わり負担すべき」と、同一二行目に「陸運局長より許可がなされ」とあるを「陸運局長より認可がなされて前記売買は完結し」と、同八枚目裏七行目に「全く関与していない」とあるを「全く関与しておらず、むしろ原審における証人田中喜一の証言によると訴外田中が株主として右手続に関与していることが認められる」と各訂正し、同五行目に「田中喜一の」とある次に「原審ならびに当審における」と加入する。
二 被控訴人が控訴人に対し昭和四二年一二月一九日付でなした青色申告承認取消処分及び法人税決定処分等を昭和四九年七月二五日付で取消したことは当事者間に争いがないところ、控訴人は右青色申告承認取消処分の取消により本件処分も失効した旨主張するので判断する。
本件処分は源泉徴収による所得税に関するものでありその根拠となる法律は所得税法であるところ、源泉徴収による所得税は、法人税や一般の所得税と異なり、支払者(源泉徴収義務者)がその対象となるべき所得の支払をなした時に納税義務が成立し、また、その税額は納税者の確定申告やこれを補正するための税務署長の更正処分など特別の手続を要することなく、法令の定めるところにしたがって当然に確定するものであり、その納期限は原則として支払った月の翌月一〇日までと定められている。そして、右の納期限までに納付されないときは、税務署長は支払者に対し、その納税の告知をなすべきものとされているが、右納税の告知は税額を確定する処分ではなく、当該所得の支払と同時に確定した税額の納付を支払者に請求する徴収処分である。したがって、支払者に対する源泉徴収による所得税の納税告知及び不納付加算税の賦課決定処分は、支払者が青色申告法人であるか否か、あるいは同人に対する青色申告の承認を取消すか否かにかかわらず、また同人の確定所得申告と無関係に、同人が源泉徴収の対象となるべき所得を支払ったと認められ、かつ、その納期限までに納付がない限り、これをなしうるものというべきである。そうすると、法人税法の規定により、被控訴人が控訴人に対し、前記のごとく、青色申告取消処分をなし、その後、右取消処分を取消したとしても、右によりただちに本件処分に消長をきたすものでないことが明らかである。よって、控訴人の主張は採用できない。
三 次に、控訴人は訴外田中が取得した二、〇〇〇万円は同人所有の控訴会社(明星タクシー株式会社)の株式を譲渡した代金である旨主張するので判断する。
(一) 成立に争いのない甲第九号証(売買契約証書)によると、売買の対象となっているのは控訴会社のタクシー営業権及びその営業上の積極消極財産の全部であること明らかであること。
(二) 原審における証人沢巌の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証によると、控訴会社の右営業上の積極消極財産は七万一、一六一円の債務超過であり、このような会社の株式をその額面金額の三倍強の代金で売買の対象とするとは通常考えられないこと。
(三) 一方、成立に争いのない乙第八号証の一ないし五によると、当時控訴会社の認可を受けた保有台数は二一台と認められるところ、原審における証人沢巌の証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、同証人伊藤武雄の証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙三号証によると、当時兵庫日本交通は沢春蔵の、控訴会社は訴外田中の同族会社又は個人会社的なものであったので、同人ら間の契約により、その後の法的手続の履践も容易になされ、控訴会社のタクシー営業の譲渡が実現しうる情況にあったところ、尼崎市を営業区域とする兵庫日本交通としては、その営業区域を隣接の伊丹市にも拡大したく思っていたが、新たにその認可をとるためには伊丹市に営業所を準備するなどの必要があるうえ、既存の業者の反対や認可手続に相当の月日を要するなどの支障が予想されるのに対し、既存の業者の営業権を譲受けると比較的容易にその目的を達せられる便宜があった。したがって、認可を受けたタクシー運送事業(営業権)はそれ自体において相当な取引価値があったのであり、兵庫日本交通としては伊丹市に営業区域をもつタクシー運送事業の譲受けを希望していたところ、伊藤武雄の仲介で控訴会社の同事業を譲受ける話が具体化し、その代金は認可台数一台当り一〇〇万円見当で話が進められた事実が認められること。
(四) 成立に争いのない乙第五号証の一、二、原審における証人沢巌の証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙第六号証の一、二によると、売買代金二、〇〇〇万円は小切手で支払われたが、右は兵庫日本交通から支払われたことが認められる。
以上の事実に、さきに付加訂正のうえ引用した原判決理由二項(原判決七枚目表一〇行目から八枚目裏八行目まで)に説示したところを総合すると、訴外田中が取得した二、〇〇〇万円は、同人所有の控訴会社の株式を譲渡した代金ではなく、控訴会社が兵庫日本交通に対し、控訴会社のタクシー営業権ならびに営業上の積極消極財産を譲渡した代金であることが明らかであり、また、右代金は控訴会社に留保されることなく、株式譲渡の対価として処理され、訴外田中個人が取得したことは弁論の全趣旨により明らかであるから、被控訴人がこれを控訴会社の訴外田中に対する賞与と認定し、本件処分をなしたことには違法がないというべきである。
なお、控訴人は訴外田中が株式を取得した経緯および訴外田中が株式譲渡による所得の確定申告をしている旨主張するが、右により前示認定を左右するに至らないし、訴外田中が昭和四二年一二月二〇日沢春蔵に控訴会社の株券及び印鑑などを交付したのは、さきに付加訂正のうえ引用した原判決理由二項(原判決七枚目裏七行目の「右の‥‥」以下同一一行目の「‥‥約された」まで)に説示したとおり、営業譲渡の法的手続の履践を円滑にするためと、二重譲渡を防止する必要上の処置であり、このことも控訴人の主張を理由づける根拠としえない。
右の次第で、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮崎福二 裁判官 野田宏 裁判官 中田耕三)